2018年3月23日金曜日

ニューナンブ(18) 音響彫刻家ハリー・ベルトイアのこと 前編

Text:Onnyk


私が今迄、やってきたいろんな事のうち、最も価値ある一つは、PSFレコードから、音響彫刻家ハリー・ベルトイアの演奏によるCDをリリースできた事です。

ニューヨークの怪物トリオ「ボルビトマグース」の、カセットでしかリリースされていなかったライブを、美川俊治くんの推薦でPSFから出す事になり、美川君が、嬉しい事に私をジャケットアーティストに指名してくれたのです。それで、無事それができたことで、プロデューサーの故生悦住さんに色々お話しする機会ができました。そして前々から考えていた、ベルトイアのCD化をお願いしたのです。

全部で11枚のLPになっていた録音の一部をお聴かせした所、「他でやってないなら是非うちで」と言われ、すぐ私はベルトイアの録音を管理していた、ハリーの息子さん、ヴァル氏に連絡を取りました。私がハリー・ベルトイアの事を知ったのは、カナダのレーベル、A.R.C Recordsという所で出した “the sound of sound sculpture”というLPを聴いたからです。


これは、あの脳波音楽で有名なデヴィッド・ローゼンブームのプロデュースによるもので、同レーベルでは彼の作品も幾つか出していますし、このレコードで音響彫刻に触れて演奏しているのも彼です。これは全部で6人の音響彫刻家の作品を収録しています。ベルトイアの音響は2トラック併せて3分も無かった。しかし、私には最も強烈な印象だったのです。ブックレットの写真も実に雰囲気が出ていた。また、そこには他にも録音がある事や、連絡先も書いてあった。

私がそれを買ったのは77年頃のことだったのですが、それから2、3年して思い切って手紙を書いた。するとすぐ返事が来た。息子ヴァル・ベルトイアからです。彼は、残念ながら父ハリーは既に亡くなっている事、作品と録音の管理、そしてレコードの販売 もしていることを書いてきました。大変残念ではありましたが、遺された11枚のレコードをすぐ買う事にしました。

しかし、これが大変でヴァルも海外へのレコード販売とか馴れていなかったものですから、手製のがっちりした木箱を作り(太い金属ネジで止めてあるような)、ちょっと大掛かりな荷物にしてしまったのです。勿論重い。で、それが税関で引っかかって、受け取るのに大変苦労した。その上、其のレコードたるや、決して良好とはいえなかった。ファクトリーシールをしているが、米盤にありがちな適当さで、盤もジャケットもろとも反りが入っている。盤質もいまいち。しかし録音はよかった。やはり全てのLPを聞くと、じっくりベルトイア作品の響き、そして特徴を考察する事ができたんです。

 特に意外だったのは逆回転でカッティングしてリバーストディレイのようになった幾つかのトラックがあったことでした。ヴァル氏には、内容の素晴らしさとともに盤の状態が悪い事も感想として書き送った。そしてもうひとつ考えたのは、枚数を少し買い取って日本で販売してみようということだった。彼は賛成してくれ、たしか全ての盤を揃えたセットでは2セット程度で、あとは私の選んだものを複数枚買い取りました。どこで話が聞こえたか、灰野敬二さんが是非欲しいとコンタクトをとってきました。勿論即ワンセット売りました。


私は音響彫刻という領域には前から関心があり、多分最初は70年大阪万博の鉄鋼館で出会った。つまりそこは電子音楽専門のコンサートホールだったのです が、そのホールへのアプローチに、音響彫刻の泰斗、フランソワとベルナールのバシェ兄弟の作品があり、水力で鳴っていた。また、即興演奏などに関心が深まってきてからは、自作楽器や、改造楽器、特殊奏法が大好きだった。あるいはまた、世界各地の民俗音楽に用いられる楽器や奏法にも興味があった。


しかし、あまりにも電子工学的な技術に依存したものはつまらなかった。どちらかというとアナログ、ロウテク、おバカ、お笑いな方向に向いていた。まあそうなると現代音楽の世界では、とんでもない演奏をやる連中には事欠かないですね。どうして、そんな音響に興味があるのか。それは簡単です。「変な音が好きだから」。では「変な音」とかどういうものか。そこが問題です。例えば、それは楽音ではない。西欧音楽の音律に従っていない、複雑な音響、つまりピッチが定めにくい。響きの中で変化する。意外な発生原理に依っている。

ここで確認したいのは「音響」といったとき、「音」と「響き」を分けて捉える意識です。例えばギターの弦を弾く。問題を単純化するために弦の振動そのものを「音」、それがボディに響いた音を「響き」とします(実際には弦そのものに既に音と響きがあるけど)。弦の音はそれほど大きく無い、しかしそれがボディに共鳴して増幅され、持続する。人の声も同じで、声帯の振動は単純なBUZZ音ですが、それは気管、咽頭、口腔、鼻腔、舌、口唇などで共鳴、あるいはある音域を弱め、あるいは鼻腔、口腔の複合的な反響を意図的に調製することで「声」として成立する。要するに「ひとまとまりとしてきこえてくる音」には、アタック音と、その共鳴音、減衰時の音があるということです。

「変な音」は「音」、つまりアタック部と、「響き」である共鳴や減衰が、それぞれに特異なんですね。音響分析をするとややこしいことになってる。それでは楽曲をやるのが難しい。つまり楽音にならないような音。分かりやすい例で言えば、ジョン・ケージの考え出した「プリペアド・ピアノ」でしょう。ピアノの弦の間にいろんなものを挟んで、鍵盤を弾くとなんだか混じったような、そして響きも短いような「変な音」がする。でも彼はこれで演奏する為の沢山の曲を書いた。だから、特殊奏法とか改造楽器とかは、前衛音楽、実験音楽によく用いられた訳で、そういうのが好きだったのです。

でもそういう分野を知る前から「変な音」が好きだったような気がするから、どっちが先か分からない。民俗音楽ではそういう音が沢山聴けるから其のせいかもしれない。まあ、プログレとかも結構新しい電子音や、変な楽器を使う傾向もありましたしね。あるいはテープ操作で「変な音」を沢山作った。ザッパなんてその最たるものでしょう。そんな訳で、「変な音」オンパレードの「音響彫刻」にはまるのは時間の問題でした。そして色々聴いてみた中で、一番凄いなと思ったのがハリー・ベルトイアだった訳です。(続)。

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