文:堀 史昌
Kindness「デジタルファイルを作るのは、仕事を覚えたてのインターンだってできる。
気にしない人も多いだろうけど、実際、レコードを作るのには多くの人間が関わっているんだ。
人の手を経たからこそ、そこになんらかの感情の余韻があるのだと、僕は思う」
「われわれが享受している音楽の多くがコンピューターを使って作られる時代が続いていたが、突然レコードがマーケットで受け入れられるようになったのは何故だろうか?私は、レコードの復興はデジタル時代のハイパーリアリティに対する大きな反動の一部だと確信している。"download
torrent"と書かれたボタンをクリックすることと、自分と同じ趣味を持つ人たちによってセレクトされた、実体のある商品を見ることができるショップに足を運ぶことには違いがあるということだ」
(アートライター・Michael Cuthbertson)
以前の記事のグラフを見てもらえれば分かるが、アメリカでのレコードの売上が伸びてきたのは07年からで、ちょうどサブプライムローン問題が浮上した時期に重なる。そして、その翌年にはリーマンショックが発生する。つまり実体を伴わない金融経済が壊滅的な打撃を受けている最中に、実体の伴ったレコードが受け入れられていったわけで、実に興味深い現象だと思っていた。
インターネットが浸透した90年 代後半以降、経済の世界では金融が、音楽の世界ではデジタル配信という実体無きものが猛威を振るうようになった。そのような時代にあっては、指一本、クリック一つで大金を稼ぐ事も、大量の音楽を聴くことが出来るようにもなった。このようなインスタントでイージーな状況に対して、抵抗を示す人間が増えるようになってきた、そうMichaelは捉えているのではないか。
ロサンゼルスのレコードショップThe Atomic Pop Shopの店主Kelly Bearyは 「レコードの音は本当に素晴らしいわ」と賞賛する一方で、デジタル音楽を指して「あれは使い捨てよ。アートなんかじゃない」と言い放つ。ここまでストレートに異議を唱える人は日本ではあまりいないが、カウンター・カルチャーの精神が息づいている欧米ではデジタル音楽に対するアンチを意思表明する人は少なくない。
今年のRecord Store Dayの大使に選ばれたJack White。彼はWhite Stripesの解散後、ソロで活動を続けるミュージシャンだが、徹底してアナログレコードにこだわり続けるレ―ベルThird Man Recordsのオーナーでもある。「マウスをクリックすることには、ロマンスなんてものは存在しない」「iPodについて歌うことは僕にとってロマンスはないのさ」と発言するなど、デジタル音楽に対しての辛辣な態度をあからさまにし、アナログ愛を貫き続ける男だ。Third Man Recordsは現在のレコード人気を考える上で外せない重要なレーベルなので、彼らのユニークなリリースや活動については再度じっくりと紹介したい。
Old
man gloomのメンバーAaron Turnerもインターネットやデジタル音楽への嫌悪感を顕にする。彼は新作を告知せずにリリースした理由をこのように説明する。以下、フリーペーパー「Follow Up」より引用。
「インターネットがいかに音楽から魂を奪い取ってきたかを見るのに嫌気がさしたからだ。今回は我々とリスナーが共にしかるべき準備が出来るまで、何人たりにも聞かれたくなかった。レコード王国に於いて 新たなマジックを作り出す際、人を驚かすことは重要だったようだけど、そんなマジックは巨悪なインターネットの存在によって随分前に失われてしまった。OMGはワールド・ワイド・ウェブに対する、均質化された音楽に対する、個性を欠き人らしい感情も持ち合わせないアートのデジタル複製とその増加に対する兵器なんだ。レコードとはアートの一部分であってダウンロードされるべきじゃないんだ!我々は決して屈服しない!」
(引用終わり)
便利で手軽なダウンロードという行為に拒絶感を覚える者はレコード愛好者の間では少なくない。ルイスヴィルで自らの名前を冠したレコードショップを営むMatt Anthonyもその一人だ。「ダウンロードすることが嫌なんだ。僕はターンテーブルを持っていない人にもレコードを売っているんだ。アルバムはコレクションになるからね。BeatlesがホワイトアルバムやSgt.peppersを未だにリリースしていなかったとしよう。彼らはそのアルバムをウェブサイトに放出するだけさ。僕らはアルバムを所有していない…。音楽がオンラインにしかない世界なんて恐ろしいよ。世も末だね」
イギリスを中心に開催されているレコードのリスニング・パーティ“Classic Album Sundays"。私語、メール厳禁。まるでかつてのジャズ喫茶のような制約条件の高い環境で、リスナーはアナログレコードのアルバム全曲に深く耳を傾ける。ipodやYoutubeでは体現することの出来ない、より深い音楽の世界を提示するこのパーティは「ダウンロード・カルチャー」対抗するグループによって形成されたことがThe Telegraph紙にハッキリと書かれている。
大げさに聞こえるかもしれないが「resistence=抵抗」という表現は、現在アメリカを始め世界で起こっているヴァイナル・ムーブメントを捉える上で重要な意味を持っているように思える。
「トロント大学のオンタリオの教育学研究所に在籍するDavid Hayesは、レコード人気の上昇は音楽業界による組織的な流行に対する抵抗の一つの形式の可能性があると指摘している」
(United Press International)
(United Press International)
ここでも再び抵抗というフレーズが出てくる。Davidが指摘する“組織的流行”とはMP3やiTunesなどのデジタル音楽の隆盛が挙げられるのだろう。経済誌Forbesはレコードが支持されている要因をこう分析する。
「レコード人気が再燃している主な要因の陰には、アップルやアマゾンが提供するファストな満足感が支配していた時代には存在しなかった、音楽を買う瞬間のマジックを呼び覚ましたいという願いが隠れている、とレコードショップRebel RebelのオーナーDavid Shebiroは信じている」(8)
(引用終わり)
00年代は音楽業界の勢力図がレコード会社から、Apple、Amazonを始めとしたIT企
業へと急速に移行していった時代であった。それらの企業は「安く、便利な」音楽を提供することに長けていたが、「質」という観点に関しては意見が分かれる ところだと思う。レコードのリバイバルに賛同している人の多くはデジタル音楽の「質」に疑問を投げかけ、レコードには別の豊かさがあることに一足早く気づいたのだろう。
先に書いたように、現在デジタル音楽に真っ向から異議を唱える人は日本には少ない
が、高円寺のレコードショップ円盤の店主・田口史人はその一人だ。自身のイベント「レコード寄席」のためにまとめた本「レコード寄席覚え書き」でこのように綴る。
レコードは触れます。見れます、聞けます、匂います、そうして体感すれば映画なみのストーリーすら見えてきます。しかし、現在のCD、ましてや音楽データから伝わってくる情報からは、非力な個人の虚勢ばかりが伝わってきてうんざりします」
レコードは触れます。見れます、聞けます、匂います、そうして体感すれば映画なみのストーリーすら見えてきます。しかし、現在のCD、ましてや音楽データから伝わってくる情報からは、非力な個人の虚勢ばかりが伝わってきてうんざりします」
(引用終わり)
「PCでDJをするのは、冷蔵庫を買って俺バーテンダーだぜって言ってるのと同じ」「時代はじょじょに安価なデジタル音源へとシフトするのが主流になっていっているけど、これは温め直すだけのお手軽なマクドナルドを選ぶか、新鮮な素材で作られた栄養満点のシェフの手間ひまかけた料理を選ぶのか、にも似ていることだ」と発言するなどTheo Parrishはデジタル音楽に対して最も手厳しいDJの一人である。彼もデジタル音楽の質に疑問を投げかける。
オーディオメーカーのLINNもデジタル音楽をすぐに消費することができて、大きなサイズが特徴的なファストフードになぞらえて警鐘を鳴らしている。デジタル音楽をファストフード的に捉える流れとは対照的に、Get Up Kidsのヴォーカリスト、Matthew Pryorは現在のレコード人気をスローフードになぞらえている。
「レコード(・ムーヴメント)は音楽業界におけるスローフード運動だと思っている。レコードは大きいし、管理するのも大変だ。制作するにもコストや時間がかかる。でも、音は抜群さ」
(引用終わり)
(引用終わり)
Matthewが指摘しているような点が、MP3やストリーミングなどのデジタル音楽が持ち得ないアナログレコードの魅力の一つなのだと思う。あらゆるデジタル音楽は携帯して聴くことができる、しかしレコードは持ち運びができないからこそ、じっくりと音楽を味わうのに適している。
イギリスの独立系レコードショップを扱ったドキュメンタリー映画「Sound it out」のNY Timesによるレビューにはこう書かれている。
イギリスの独立系レコードショップを扱ったドキュメンタリー映画「Sound it out」のNY Timesによるレビューにはこう書かれている。
「われわれはオンラインで音楽に接するようになり得るものも増えたが、失うものもまた多かった」
正に、現在のレコード人気はデジタル音楽の発展によって、失われたものを見つめ直す運動なのではないだろうか。(続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿