2014年3月26日水曜日

Vinyl Experience (9) ターンテーブルを持たない若者たち

Text:堀 史昌

前回の記事で若者の間でレコードの人気があることは分かってもらえたと思うが、ターンテーブルあるいはレコードプレイヤーを持っていない若者たちもレコードに手を伸ばしている、という事実を知ったら驚くだろうか。Independent紙の記事でもレコードプレイヤーを持っていない若者がレコードを買っているという事実が取り上げられている。以下、HMVのスポークスマン、Gennaro Castaldoの言葉を引用する。

「我々は若者がレコードを買うことによって売上が大きく好転していることに気づいた。彼らの大半はレコードプレイヤーさえ持っていないが、レコードをクールなものだと考えている。ファンはレコードを名誉の証のようなものとして捉えたがっている」
(引用終わり)

アメリカで主にレコードを買っているのは16-25歳の若年層で、次に買っているのは彼らの父親に当たる世代、という西ミシガン大学2年生のEliot Hedemanの分析。彼によれば父親世代のリスナーは自分のレコード・コレクションを捨てて悔やんでいたが、今再び取り戻しつつあるらしい。 このEliot青年も07年当時ターンテーブルを持っていないにも関わらず、Radioheadの「In Rainbows」を購入し、1週間に何回か友人の家に足を運んで聞かせてもらっていたらしい。レコードが音楽を聴くためだけではなく、ファンにとっての貴重なアイテムとしても機能していることが分かる。そして、Record Collectorの編集者Ian Macannの発言も興味深い。以下、引用。

「若い人達から、両親が屋根裏に置きっぱなしにしたロックのアルバムを聴く場所はどこにあるのか?という質問をEメールでもらったことがある。彼らはすでにレコードプレイヤーを買うことが出来るということに気づいていないようだった」
(引用終わり)

レコードプレイヤーの存在すら知らない若者たちが、レコードを発見した時の衝撃はどのようなものだったのか。この発言を読んで改めて感じたことだが、アメリカでは店から購入する消費型リスニングだけでなく、両親や親戚のレコードを聴くというシェア型リスニングが確実に増えているのだろうな、ということ。 


そして、レコードが廃れることなく、しっかりと若い世代へと引き継がれていることが何よりも素晴らしいことだと思う。実際にレコードショップで長い間働いているScott Storerは、iPod世代が(iPodから)両親のレコードコレクションに切り替えていると主張している。単に消費するだけでなく、既存のレコードをシェアするところが今時のキッズらしい。

「それまで、ヤツみたいにレコードをかけてみようなんて考えた人間はひとりもいないだろうな。実はみんなどこの家にもあるようなレコードばかりなんだよ。オヤジやオフクロが持っていたレコードだ。クール・ハークがそういうレコードをかけるもんで、猫も杓子も、ママやパパのレコードを失敬してくるにようになったってわけさ」
(S.H.フェルナンドJr.「ヒップホップ・ビーツ」より引用)

 
ジャジー・ジェイによるクール・ハークに対する言葉である。この発言を見て、昨今のヴァイナル・ムーブメントにおける若者達と初期ヒップホップに携わった人間とで共通する部分があるなと思わされた。それは親や親戚のレコードを聴いているということだ。 なぜ、彼らは親や親戚のレコードを聴くようになったのか。理由の一つとして考えられるのは、、経済的な厳しさという面があるのだろう。 ヒップホップはサウス・ブロンクスという貧困にあえぐゲットーで産まれた。一方、ヴァイナル・ムーブメントが勃興した時期は、サブプライムローンが発生した時に重なる。 もしも、経済的に潤っていれば、新しいレコードを買うのが自然だろうが、彼らにとっては親や親戚のレコードを無償で聴くことの方が理にかなっていたのかもしれない。

レコードが親から子へと引き継がれていくという話はよく聞くが、親のMP3やCDを子供が聴くという話はあまり聞かない。これはMP3やCDが単独で聴く機会が圧倒的に高いメディアである一方、レコードは元来リビングなどで家族や友人達と複数で聴く事に 適したメディアであったことに関係しているのかもしれない。レコードはきちんとメンテナンスさえしていれば、MP3やCDよりも保存が利くメディアである。これからもレコードは親から子へ、さらには子から孫へと、子孫代々引き継がれていくのだろう。

アトランタにある聖ピウス10世カトリック高校ではレコードのスワップミート(不要品即売会)が開催されているそうだ。販売するレコードは生徒の親から不要になったものをかき集めているとのこと。レコード即売会のディレクターであるChadは、即売会を通じて生徒達が直にレコードと触れる体験を味わうことが出来ていると述べている。 高校の生徒であるChristinaは最近になってレコードプレイヤーを購入し、レコードのコレクションを始めたそうだ。彼女は普段、Arctic Monkeyなど新しいバンドを聴いているが、即売会に行くようになってからはPink FloydやStevie Wonderなど古い音楽にどっぷり浸かるようになったという。若い人がレコードに出会う機会がこんなに身近にあることもさることながら、不要とみなされたレコードがしっかりと他の人へ引き継がれていることが素晴らしい。


話が若干逸れてしまったが、ターンテーブルを持たない若者がレコードを買うという行動はアメリカだけでなく、イギリスでも見られている。イギリスのレーベル/レコード・ショップRough Tradeの経営者Spencer Hickmanはこのように発言している。以下、引用。

「毎週のように新しいレコードを買っていく若者がいる。(中略)ターンテーブルは持っていないけど、オブジェとして欲しい人がレコードを買っていくんだ」 (Telegraphの記事より引用)

おそらく、普段この若者達はiTunesやSpotifyなど実体の無いデジタル音源で音楽を聴き、好きなバンドやミュージシャンについてはそれだけでは物足りないので、実体のあるレコードを買っているのではないか。 レコードにはアートワークを鑑賞できたり、コレクトする事自体の楽しみがあるなど、非実体型音楽では味わえない付加価値がある。このような行動様式は、ラジオを聴いて気に入った音楽のレコードを買っていた、はるか昔の時代を思い起こさせる。 レイチェル・ボッツマン/ルー・ロジャースによる著作「シェア」には、このように書かれている。以下、引用。

「だが、親のベビーブーマー世代に共通する現代的な価値観から離れて、祖父母の世代、つまり戦争世代の価値観により近づこうとしている。」

この文は幼少期からデジタル化された生活を送っていた、俗に「ミレニアム世代」と言われる人達に関する記述である。文中の価値観とは音楽に関することではないが、ミレニアム世代と祖父母の世代では、「レコード」指向であるという点で共通しているなと思ってしまった。 さらには、両者がレコードに向かった経緯も似ているように思う。ミレニアム世代は、幼少期にデータという非実体の音楽から、レコードという実体のある音楽メディアに熱を入れるようになった。一方、祖父母の世代は幼少期はラジオを通じて非実体の音楽に聴き慣れていたが、ティーンエイジャーの頃には当時普及し始めたレコードに飛びつくようになった。非実体から実体音楽へという流れが、再びよみがえりつつある。(続)

0 件のコメント:

コメントを投稿